そこで実際わたしが被災地にボランティアとして行き、学んだものは本当にたくさんありました。最初、被災地を目の前にしたときは何故かなんの感情もわきませんでした。でも何ヵ月も前からボランティアとして活動している人の話などを聞くと、だんだん今回の地震がどれだけの人を苦しめたのか、いたいほどわかりました。わたしは釜石市の方にボランティアとして行きました。その向かっている途中、だんだんひどくなっていく町の様子に、あじわったことのないどきどき感がありました。
「このトンネルを抜けたら一切写真撮影は禁止」といわれ、トンネルをくぐっている時は、このトンネルを抜けたらどんな様子の町があるのか?と、とても考えただけでものすごい複雑でこわい気持ちが一気にあらわれました。
トンネルを抜けて、そこまで被害がひどくなったり、といのはなかったけれど、写真撮影を禁止する一線がある、と思うと何故か違う町に見えました。
ぐちゃぐちゃになった家や建物を見ると、赤色文字で×や○がかかれた家がほとんどで、その印の意味はというと、×が遺体が発見されてまだ処理できていない、○がその遺体を処理しました、という意味があり、それを聞いたときは、一番今回の被害をリアルに感じました。
そんな印がある建物の中で、ご飯を食べたり、休憩したりした時はなんとも言えない気持ちでした。
そして、わたしは今までニュースとかではよく聞くけど、孤独死、ショック死、の意味があまり理解できませんでした。孤独すぎて死んでしまうなんてありえないと、自分のなかで思っていたからです。ショック死も同じく、ショックすぎて死んでしまう人のいみがわかりませんでした。でも被災地にボランティアとして行って、すごくわたしは孤独を感じ、何もかもにやる気がなくなったり、話すことがめんどくさく、人と関わるのがこわくなり、情緒不安定になったときがありました。そのときは考えることは出来なかったけど、自分の住んでいるところに返ってきて、おちつき改めて思い返したときに、このあのときの気持ちがずっと続いて、孤独死してしまうんだなと知ることができました。
ショック死も、大げさだけど被災地の土があやまって目に入ってしまった時は、もう死ぬんじゃないかなんて勝手に考えすぎて思い込みから、怖くてすごくしんどくなったりしました。そしてショック死の意味も理解することができ、学ぶことができました。
今回初めてボランティアとして参加し、被災地へ行って、よかったなと思いました。それは自分にとって大きな経験になったし、きっとその場所に行かなかったら一生学べなかったことがあったとおもうからです。普段じぶんがどれだけ幸せな生活を暮らしているのか、思いさせられました。
それと同時に被災地へ行って、ボランティア活動は、しんどくなかったけれど、精神的に追い詰められて、すごく苦しかった思いもあります。
でも、被害にあった人はもっと苦しい思いをしたのか、とかを考えると、自分の弱さにも気付きました。
実際、行ってみないとわからないこと、感じられないことが沢山あると思います。だから、ボランティア活動をしてみたいなと思っている人は、私は参加してほしいなと思います。いろいろ苦しい思いをするかもしれないけど、それ以上に得られるものは大きいと思います。 11年S
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