2011年10月11日火曜日

東北ボランティア 2011を終えて・・・

すべては今も被災地に住むみなさんのために、そしてより早い東北の復旧のために。 私たち関西学院千里国際高等部のボランティアメンバーはそのような気持ちで岩手県は遠野市にあるボランティアセンター"遠野まごころネット"さんに 2011年9月22日〜9月25日までお世話になりました。東日本大震災が起きてから約半年が経った今でも、被災地はテレビのニュースなどで見ていたものとは別の現状が残っていました。 これから私のボランティア活動のみを詳しく書きます。

[1日目] 学校が終わって、玄関でごそごそし始めるボランティアメンバー。夜行バスで16時半から14時間かけて翌日朝の7時前に現地に到着。それからいろいろと説明を受け、私たちは全員で初日の活動現場である陸前高田へ。数十分して眠気から覚めたあとに目にしたのは、いかにも駐車場のようなところに潰された数十台の車でした。それからは次々と現実的なものを目の当たりにし、活動場所に到着。その日私は主に道路の清掃をしていました。清掃と言っても案外大変なもので。パートナーと一緒にコンクリートが見えるまで土砂を掃いたり削ったり。1時間やってやっと一部といういわゆる「地道」な作業をしていました。途中途中でほかのボランティアの人に「地道なことだけどね、まだここ(道路)は誰も作業していないから大事だよ。」と言っていただき、また他の人達もお互いに励まし合い、海外からの仲間も作りながらの作業でした。

[2日目] 1日目の疲れを取り、朝のラジオ体操に。この日は自由に活動場所を選べて、私は大槌に向かいました。この場所は、また陸前高田とは違い、ボランティア活動された後のごみの山が目立っていました。そして着き、ここでは水路の清掃をしました。途中で私と他3人は大槌でも別の場所に移動して、グループの班長さんたちが跡形もないが床だけ残っている建物を壊す作業をお手伝いしました。班長さんたちが床の釘を一つ一つ抜き、一列ずつ板を外していきます。そのうえで私たち4人は床に載っているものを除外したりしました。そして昼食を食べ、午後は田の草むしりをしました。もっと幅広くボランティアができるように、いろいろな人のアドバイスを聞きながら効率の良い活動方法が学べた1日でした。

[3日目] この日は疲れがピークに差し掛かっている中、自由選択で最初の2日間とは違う場所、釜石市に向かいました。ちょっとしたデコボコ道を通りすぎたバスは、とある学校に着きました。その学校の3階くらいまではがれきになってしまい、ほぼ屋上しかないところでした。そしてこの日は3日間のうち、私の中で一番印象強い班長、吉野さんのグループで活動しました。このグループはあるおじいちゃんの、後のない土地にお邪魔させていただいて、水路を深く広げる作業をしました。この日の釜石では進水式があり紅白餅をいただき、震災後初の出航を私たちも見送りました。また昼にはひっつみ(水団)大会もあり、満腹になりました。そしてこの日はほぼ1日中おばあちゃんと小学生くらいの男の子も私たちの作業を見守ってくれました。途中でお餅をくれたり、冷たい飲み物をいただいたり。とても優しい方々でした。そんななか私の心の中で涙した言葉をその男の子が口にしました。私は作業をしていたので見てはいませんでしたが、その子は同じ班のボランティアと話しているときでした。何か見つけて「これ、懐かしいな。」や「ここでよく遊んだんだ。」など。この言葉を聞いたとき、私は1日の作業前に釜石市の隊長が言っていた言葉を思い出しました。「あと数か月したらここもきれいに平地にするそうです。それを100も承知の上で、私たちボランティアは活動します。無駄だと思うかもしれませんが、そんなことはなく、被災地のみなさんは平地にする前にちょっとでも、ほんの少しでもきれいになった光景を見たいのです。これはただの肉体労働ではなく、被災地のみなさんへの心のケアだと思ってください。」もちろんこれは活動が始まるときから私の中に書き留めていたことでしたが、男の子のおかげで、よりいっそう気持ちが引き締まりました。この日は、私よりも小さな子が教えてくれた現実の重さ、そして地元の方々からの優しさが実感できる日となりました。

私は活動のみで言うと、このような体験をしました。これはボランティアであるが、決して簡単なんかではありません。ですが今、全国各地、また海外からもたくさんのボランティアが東北の復旧をいち早く願っている方々がいらっしゃいます。それは私たちにとってすごくありがたいことであり、是非それがかなうといいなと思います。まだボランティアに参加されたことのない方、また迷っている方などにも、これからのボランティア参加を検討していただきたいと思いますし、私自身もまた機会があれば、1日という短い時間だけでも参加したいと思います。そして、ボランティアに参加した私としての課題は、私の周りにことの重大さ、また今の状況などを伝えることだと思います。また私にできることは近畿にいてもやるようにし、一刻も東北地方また日本全体の復旧を祈ることが今のわたしにできることだと思います。

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